
「EXECTIVE’S Choice—ゼロフィニッシュだけあればいい!」Vol.2
カラーズインターナショナル 代表・新辰朗さん
店先に並ぶのは、2017年12月にデビューして以来、依然として品不足が続いているカワサキの大人気モデルZ900RS/CAFÉの2台のフルカスタムモデル、そしてカワサキファンの定番中の定番であるNinja GPZ900Rのカスタムモデル。
カスタムファンの熱い支持を受けて、今年の9月1日に設立25年を迎えるパーツブランド・ストライカーのサービスショップ・ストライカーワークスが1階に、そしてストライカーブランドの商品を製造・販売するカラーズインターナショナルの代表の新さんが執務をするオフィスが2階にある。
「25年間、本当に幸運なことにとても順調にやってきました。とくにこの4年間は売上が伸びていますし、多くのパーツメーカーがそうだったように、コロナ禍で人が遠出しなくなった反動でバイクのパーツがとても売れて、昨年は過去最高の売上を記録することができました」
25周年を機に、新たなビジネスにもチャレンジするつもりだという新さんに、ゼロフィニッシュについてお話をしていただいた。

目次
とにかくレーサーになりたくて18歳で鈴鹿に
島根県の高校を卒業した新さんは、三重県鈴鹿市にあり、社内チームとして名門の鈴鹿レーシングがある本田技研工業鈴鹿製作所に入社した。
「とにかくレーサーになりたかったんです。そのために鈴鹿レーシングに入ると決めていました。しかしすぐにはレースには出られないよと言われたので、しかたなくプライベートで125㏄のレースに出始めました」
鈴鹿製作所で勤務する傍ら、いちプライベーターとしてレースを続け、125㏄から250㏄へとステップアップ。好成績を残すようになった1987年、鈴鹿の有力コンストラクターであるOVERレーシングから声をかけられた。
「それで会社を辞めてプロライダーになる決断をしました」

プロライダーになることを決意した新さんは、OVERレーシングのF1マシンで全日本ロードレース選手権に参戦。写真は1989年の鈴鹿8時間耐久レースのシーン
プロのレーシングライダーになってからの新さんの活躍を記憶している人は多いと思うが、OVERレーシングのF1マシンを駆って全日本選手権や鈴鹿8時間耐久レースに出場。90年には単身アメリカにわたって、1年間AMAやWERRAのレースで活躍したのち、日本に帰国した新さんは念願だったGP500マシンに乗るチャンスを得た。
サテライトチームの伊藤園レーシングチームでヤマハ・YZR500に乗ることになり、そのマシンで3シーズン戦って、最高位は2位。当時は、ホンダの伊藤真一選手、ヤマハのノリックこと阿部典史選手、同じくヤマハの藤原儀彦選手とワークスチームに強敵がひしめいていた。そんな状況のなか、日本におけるGP500クラスの最終年となった93年はランキング7位でシーズンを終えた。
翌年は、2ストロークマシンのYZR500から4ストロークマシンのヤマハ・YZF750に乗換え、2ストと4ストの違いに苦しみながら2シーズン戦ったのちに引退。35歳のときだった。
(写真中央が新さん)
伊藤園レーシングから念願のGP500クラスに参戦(ゼッケン14番)。強豪のワークス勢がひしめくなか、最高位2位を獲得するなど奮闘した。単身渡ったアメリカでも、表彰台の常連だった
「引退してすぐに、カラーズインターナショナルを設立して、オリジナル商品を製造・販売するストライカーブランドも立ち上げました。自分の周りにはずっとバイクのパーツがあったので、オリジナルパーツを作ろうと思ったんです」
そして、そのとき、運命の出会いがあった。
旧友と再会し、マフラー工場をスタートした
「当時はネイキッドブームで、手曲げのマフラーが爆発的な人気でした。しかし、市場では人気メーカーのマフラーの供給が追い付かず、納期がすごく長かったので、少しでも納期を縮めることができたらもっと多くのライダーに装着してもらえるはずだと思ったんです」
そうして、自分のオリジナルマフラーを作ってくれるところを探して鈴鹿の街を歩いていたとき、自動販売機でコーヒーを買っていたら、高校を卒業して一緒に鈴鹿に出てきたレース仲間の親友に信じられないほどの偶然でバッタリ出会った。
「彼は、ボクより一足先にレースを引退して、その後はマフラーメーカーで働いていました。久しぶりの再会に、お互いに『今何やってんの?』って感じで、それぞれ状況を話したところ、じゃあ一緒にやろう! と、話は早かったですね。それで、小さい工場を借りて、溶接機を1台買ってスタートしました」
本当に偶然の出会いがストライカーブランドのマフラーのスタートだった。

高性能で美しい仕上がりのストライカーのチタン製エキゾーストは発売開始から大人気を獲得した。写真はいま大人気のカワサキ・Z900RS用チタンフルエキゾースト
新さんがコンセプトを考え、友人がそれまでに培った高い技術で製造した手曲げマフラーは確かな性能と仕上がりの美しさに加え、当時のネイキッドブームの波にもうまく乗ってヒットした。とくに、ゼファー1100やZRX1100オーナからは圧倒的な支持を受けた。
「レースはずっとヤマハでやってきたんですけど、なぜかパーツは圧倒的にカワサキライダーの方々に支持されましたね(笑)」
現在は国産4メーカーすべてのファンの方からの支持を得ているが、発足当初のストライカーブランドはカワサキファンに支えられながら徐々に成長してきた。

レースを引退して独立したと同時に、ストライカーブランドの認知のためもあって、新さんは筆者・Nomが編集長を務めていた内外出版社発行のBiG MACHINE(現在は休刊)でテストレポートの仕事も始めた
ゼロフィニッシュは2年前くらいから使っています
「洗車好きってわけじゃないんで、楽にきれいになって、それが持続するケミカルが自分には合っているんです。ゼロフィニッシュは、ホームセンターで見つけて、使ってみたらこれはいいと、それ以来クルマに使っていました」
じゃあ、今日はヘルメットとバイクを磨いてみてください、そうお願いするとまずヘルメットを磨き始めた。

「スプレーして拭いた感じがとてもサラッとしていて、拭き残ったりしないからとても使いやすいですね。コーティングもできるから、走って虫がついてもすぐに落とせそうですね。あと、ボトルもすごく立派でいい感じです。色もカワサキのライムグリーンに似ているから、カワサキファンにいいかも(笑)」
続いてフルカスタムされたZ900RSのカーボンフェンダーや、マット塗装のタンク、チタンマフラー、アルミスイングアーム、エンジンと次々と磨いていく。
「めっちゃキレイになるやん! 本当にこれ、使いやすい。キレがいい。材質によって変な残り方をしないところがいいですね。マットカラーにも使えるし、チタンのサイレンサーにもいい。この黒いサイレンサーは、『セラコート』というチタンにも使える耐熱塗料で塗装してるんですけど、ゼロフィニッシュで磨くと深い艶が出ますね」
「アルミは、合わないケミカルを使うと変に白くなることがありますけど、ゼロフィニッシュはまったくそういうことがなくてピカピカになりますね!」
興が乗ったのか、汚れを見つけて磨き続ける新さん。
「エンジンのクランクケースって、放っておくと白っぽくなっちゃうんですけど、耐熱性能が高いゼロフィニッシュなら気軽に磨けますね。そんなにキレイに拭き上げなくても、ムラになったりしないからいいですね」
3週間前に洗車してゼロフィニッシュで仕上げました
バイクのあとは、普段もゼロフィニッシュで磨き上げているという社用車のレクサスを、いつもの手順で磨いてもらった。

2年ほど前から、クルマの洗車後にゼロフィニッシュを使用していたという新さん。洗車後の濡れた状態でコーティングができてしまう手軽さがとても気に入っているという
「洗車機に入れた後、濡れたままの状態で面から面を順番に磨いていくんです。ドアは1枚ずつ、ボンネットは3分割くらいで」
そう言いながら慣れた手つきでレクサスを磨き始めた。
「3週間前に洗ったきりで、何度も雨に濡れたんですけど、変な筋みたいのがまったく残っていないでしょう。あの筋がすごくキライなんで、あれがつかないだけで価値がありますよ」
バイクのパーツに加えて、新さんは主にエリアトラウト、アジング、ライトソルトゲーム用のハンドルやロッドスタンドなどのアルミビレットパーツを主力とする「DLIVE(ドライブ)」というフィッシング用品のブランドも展開している。
「フィッシング用ビレットパーツの造形や加工技術はバイクパーツと共通する部分を多く持ち合わせているんです。パーツブランディングだけではなく、エリアトラウトのジャンルではボクも選手としてトーナメントに参加しています。カーボンロッド用のコーティングは非常に重要で、毎回、水が付くので、手軽に汚れを落としながら撥水できるものが一番よくて、カーボン目に水が入らないようにといろいろなメーカーのものを試しましたが、ゼロフィニッシュはサラッとしていて白く残ったりもしないから、メンテナンスがとても楽です。アルミのハンドルやリール本体にも使え、効果も高いですね」

設立25周年、節目の年に新たなビジネスに挑戦
プロのレーシングライダーを引退後も、バイクやパーツのテストを兼ねて「テイスト・オブ・ツクバ(以下T・O・T)」などのイベントレースでも活躍していた。とくに、自社でフルカスタムしたゼファー1100では1分0秒台を記録するなど驚異的な速さを見せつけていた。

ファンの間では語り草になっている写真のゼファー1100で記録した筑波サーキット・1分0秒台。イベントレースのT・O・Tで大活躍したが、大きなアクシデントを機に参戦を止めることに
「ゼファー1100で参戦した2015年のT・O・T。予選ですごく調子がよくて、絶対トップを獲ろうと気合が入っていました。決勝は雨で、いいスタートを切って1コーナーに入ったらそこでハイサイドで転倒。コースの真ん中で意識を失っちゃったんです」
ハーキュリークラスというトップカテゴリーのレースだったため、後続のライダーはコース上に横たわる新さんをうまくよけてくれて最悪の事態は防げたが、周りの多くのライダーを巻き込み、迷惑をかけたことで、もうレースに出場するのは止めようと決意した。
その後も、走行会などでサーキットを走ることはあるが、決意通り、レースに出場することを止め、今まで以上にビジネスに集中し、その幅を広げていった。同時に、いままでやってきた日本でのものつくりがだんだん難しくなってきていることを肌で感じ始めた。
「台湾の熱いストライカーファンの方がT・O・Tを見に来てくれて、そのついでにお店にも寄ってくれて、そこから交流が始まりました。台湾の台北にあるパーツショップを紹介してくれて取引が始まり、台湾で開催されるBtoBやBtoCのモーターサイクルショーにも出展したりしてネットワークが広がり、台湾での自社製品の販売が始まり、それに加えてアルミの削り出しパーツやカーボン製品を台湾で作るようになったんです」
ものつくりのビジネスを拡大するならつくるのも販売するのも海外を視野に入れなければいけないと感じた新さんは、それ以降、台湾をベースにしてアジア各国へ自社製品を展開し始めた。
カーボン製品は、驚くほど手の込んだ仕様でも台湾でつくると日本よりはるかに安くできるという。今後の展開のために、台湾のモーターサイクルショーにも積極的に出展している
「25周年を迎えストライカーは思い切って現在のスタッフに任せ、ボクは自分がいいと思うパーツを台湾で製造して台湾・韓国、その他のアジア各国で販売する『アラタ・パフォーマンス・デザイン』というブランドに力を入れていこうと思っています。ターゲットとなる若いライダーもどんどん生まれているし、製造コストも日本より安いから価格競争力も十分あるので、面白いビジネスができると思います」
とはいえ、日本でもZ900RSなどを中心に、新しい車両で新しいカスタムの波が来ているという。
「ストライカー的にはこのバイクの発売で、潮目が大きく変わりましたね。昔のゼファー、ZRXと同じようにカスタム熱が高いバイクです。やっぱり、ウチはカワサキファンの支持が大きいメーカーなんですかね(笑)」
設立25周年、そして自身も節目の年齢を迎える記念すべき年に、新さんとストライカーブランドはもう一段大きくステップアップしようとしていた。

PHOTO:徳永茂/カラーズインターナショナル
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■ゼロフィニッシュ
■マイクロファイバークロス
取材協力:カラーズインターナショナル

神奈川県横浜市都筑区桜並木5-7(2F)
電話:045-949-1345
営業時間:9:00 ~ 18:00(下記曜日以外の営業日)
9:00 ~ 17:00(水曜、土曜日)
定休日: 日曜日、祝日
(及びイベント・レース時臨時休業)
http://www.striker.co.jp/
横浜直営店:STRIKER WORKS (ストライカー ワークス)
神奈川県横浜市都筑区桜並木5-7(1F)
電話:045-949-1347
営業時間:11:00~ 19:00
定休日:火曜日、水曜日
(及びイベント・レース時臨時休業)
https://www.striker-works.com/
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約40年にわたり、編集者&編集長&プロデューサーとしてバイク雑誌の制作に携わり、2021年からフリーランスとして活動。バイクライフ全般に関する豊富な知識を持ち、いつまでも冷めない旺盛な好奇心が原動力。ゼロフィニッシュをバイク、クルマにフル活用している。
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